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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和50年(ネ)94号 判決

控訴人 宮崎県

右代表者知事 黒木博

右訴訟代理人弁護士 佐々木曼

同 殿所哲

同 秋山昭八

右指定代理人 河野浩幸

〈ほか四名〉

被控訴人 岡部武

〈ほか三〇名〉

右被控訴人ら訴訟代理人弁護士 藤原修身

同 鍬田萬喜雄

同 高橋政雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、主文と同旨の判決を求めた。

第二、当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示と同じであるから、ここにこれを引用する(但し、原判決四枚目裏末行目の次に行を改めて、「もっとも、被控訴人らの勤務しなかった時間が年次有給休暇に基づくものであるならば、控訴人が被控訴人らに支払うべき給料及び勤勉手当の額は、被控訴人ら主張どおりの額になることは認める。」を、同七枚目裏六行目の「人事課・管財課」の次に「職員」を、同一一枚目表二行目の「所属事業場の」の次に「事業の」を、同一二枚目裏四行目の「各成立は認める。」の次に「(第三号証の四、第一四号証、第一五号証は原本の存在も認める。)」をそれぞれ加える。)。

(主張)

一、控訴人

1 本件一〇・八闘争は、単なる本庁拠点闘争ではなく全庁一斉の職場放棄闘争であって、被控訴人らは、年次有給休暇(以下「年休」という。)権行使の外形を装いながら、実質はその所属する各事業場において指名ストを行ない、自ら争議行為に参加したものである。

一〇・八闘争が恰も拠点闘争の如き様相を呈したのは、次のような事情によるものである。宮崎県庁職員労働組合(以下「県職労」という。)は、昭和四一年一〇月、公務員共闘として人事院勧告の完全実施等を要求し、県職労として最初の争議行為である一〇・二一ストを決行したが、多数の者が処分を受ける結果となったので、翌昭和四二年の一〇・二一ストは自治労及び県職労ともにこれを中止せざるをえなかった。次いで、昭和四三年の本件一〇・八闘争が企図されたけれども、県職労の組合員の中にはストに対する批判的意見が強く、かつ、控訴人県当局の警告・説得もあって、スト参加者の少なくなることが予想されたため、県職労としては、当初全庁的な一斉職場放棄闘争を組合員に呼びかけていたものの、スト前日の一〇月七日に至って控訴人県の本庁における統一集会の成功に焦点を絞ることとし、再度全庁的に参加を呼びかけたところ、被控訴人らは年休を請求して本庁における集会にピケ要員として参加したものである。しかし、この戦術転換が控訴人県の本庁のみで一斉職場放棄闘争を行なうという意味での本庁拠点闘争への変更でなかったことは、被控訴人らが所属する出先機関と同様の出先機関である佐土原地区の農業試験場においては管理職を除く職員一三二名中九八名が参加してストが行なわれたほか、工業試験場においては管理職を除く職員四三名中一九名が、まゆ検定所では二三名中一二名がそれぞれ一斉職場放棄闘争に参加したことからも明らかなとおり、独自の行動力を有する分会では単独でストを実行する余地を残していた。このようにして、一〇・八闘争は表面的には本庁における拠点闘争的な様相を呈していたが、その実は全庁的な一斉職場放棄闘争であって、その統一集会の集会場をたまたま本庁前庭としたに過ぎない。

ところで、年休は、本来使用者と労働者個人との間の個別的労働関係上の問題であって、一旦労働組合が争議行為に入り、各個の労働者が組合の管理下に集団的に業務の提供を拒否するに至ったときは、各個の労働者と使用者との個別的労働関係は集団的労働関係としての争議行為の中に埋没してしまうのである。一斉休暇闘争は、労働者の集団的団体行動という側面から評価されるべきであって、組合の計画的組織的指令に基づく休暇闘争を争議行為とみる限り、その中で行なわれる個々の労働者の休暇請求は、もはや個別的労働関係の問題ではなく本来の年休権の行使ではないから、これに対し使用者が労働基準法(以下「労基法」という。)三九条三項但書により時季変更権を行使する余地すらない。労働関係調整法(以下「労調法」という。)七条では、「争議行為とは労働関係の当事者が、その主張を貫徹することを目的として行なう行為であって、業務の正常な運営を阻害するものをいう。」と定義付けているが、当該事業場における全面ストに限らず部分ストないし指名ストも同じく同盟罷業であることに変りはない。被控訴人らの本件年休の請求は、県職労が自己の主張を貫徹するため、争議行為の一手段として、予め指定した一定の組合員をして計画的・組織的に全員一斉に年休を請求させて一方的に勤務関係から離脱させ、被控訴人ら所属の事業場における業務の正常な運営を妨げることを目的としたものであるから、被控訴人らの各所属事業場における指名ストが年休に名を藉りて行なわれたにすぎず、とうてい適法な年休権の行使とはいえない。なお、右に「全員一斉」とは、当該事業場所属の労働者の全員が一斉にという意味ではなく、休暇闘争参加者が全員一斉にとの意味であり、一定割合の組合員が休暇届を出す場合も、それが一斉に提出される限りこれに含まれるものというべきである。

2 被控訴人らの本件年休の請求が争議行為等にあたるかどうかは、年休請求者の所属する事業場のみを基礎として論ずべきものではなく、かつ、業務に実質的な支障を生じたかどうかをも問わないものと解すべきである。すなわち、事業ないし業務の正常な運営を阻害するという場合に、労基法と労調法における概念は全く異なるのであって、前者は実質的な業務阻害をいうのに対し、後者は形式的な業務阻害をいい、組合の統一的意思のもとに若干でも日常の業務体制と異なる状態が生ずれば、それによって業務に実質的な支障が生じたことを要しない。換言すると、労基法上、事業の正常な運営が阻害されない場合であっても、労調法の場面においては業務阻害が成立するのであり、阻害の面からみると、労基法上の事業の阻害は、争議行為等の集団的労働関係を規律する労調法における業務の阻害の範ちゅうに包含されてしまうのである。つまり、年休は、本来労働者個人を保護する個別的労働関係の規律であるから、その意味では労基法三九条三項但書にいう「事業の正常な運営を妨げる場合」の基準を当該労働者の所属する事業場単位でみることも許されるが、年休が争議行為に該当するかどうかという集団的労働関係上の問題としてこれを考えるとき、業務阻害の有無は労基法三九条適用の場である狭義の事業場に限定して判断すべきではなく、使用者と労働組合との集団的労働関係の場において全体的に把握すべきものである。このことは、部分ストや指名ストの場合であっても同様であり、いずれも労使間の争議行為であることに変りはないから、集団的労働関係の場においては争議行為成否の基準を所属事業場に置かなければならぬ理由はない。仮に百歩譲って、ある事業場に組合の支部ないし分会があって、その支部・分会独自の問題について労使間に紛争があり、その解決を目的として他事業場の組合員が年休をとって支援に赴くという場合ならまだしも、本件における労使当事者は、控訴人県と被控訴人らの所属する県職労とであって、当事者の一方である県職労が自治労の全国統一行動として、控訴人県に対し人事院勧告の完全実施等を要求してその主張実現のため、有機的一体として機能している控訴人県の機関の活動能力を低下させる目的で一斉に職場放棄を指令し、被控訴人らは、右スト指令に従って年休を請求し一〇月八日各人が所属する職場を一斉に放棄したうえ、本庁出入口附近における実力ピケに参加して県職員の登庁を阻止妨害し、控訴人県の業務全体に支障を及ぼしたものであって、被控訴人ら所属の各事業場のみを基準として争議行為ないしは年休の成否を論ずべき理由は全くない。

3 仮に、被控訴人らの本件年休請求が一斉休暇闘争の一環としての部分ストないし指名ストではなく、本庁スト支援のためにするものであったとしても、年休権の権利濫用として許されるべきものではない。

年休の利用目的がいかに自由であるといっても、決して無制限ではありえない。わが国の労働組合の大半がそうであるように、県職労もいわゆる企業内組合であって、その統一的意思に基づき、同じく知事を頂点とする当局に向けて諸要求の実現を目差すものであり、かつ、他の事業場所属の労働者が独自の要求を掲げて行なう闘争を支援する場合と異なり、同一の要求を実現するため、他の事業場における争議行為を支援する目的をもって年休権を行使することは、まさに、使用者に対し自らの要求実現のための手段として年休を利用するものであって、年休が有給である以上年休権の使途面における権利の濫用である。

労働者の年休請求に対し、労基法三九条三項但書所定の事由が存する場合には、使用者に時季変更権が認められているが、労働者は使用者に右の時季変更権を行使するかどうかを考慮する時間的余裕を与えるような仕方で年休を請求すべきであって、時季変更権行使の余裕を与えず直ちに休暇をとる所為に及んだときには、使用者は事後であっても時季変更権を行使し、就労義務ある日に就労しなかったものとしてその責任を問うことができ、労働者には賃金請求権は発生しないというべきである。すなわち、年休を付与することによって事業の正常な運営が妨げられるような客観的状態が発生するかどうかを判断するには相当の時間的余裕を必要とするが、このような余裕を与えない時季指定あるいは虚偽詐術に基づく時季指定など使用者の適法な時季変更権の行使を不可能ないしは著しく困難ならしめるような時季指定は、民法一条二項の信義誠実の原則に反し、同条三項の権利濫用として労基法三九条に定める時季指定の効果を有しないものとみるべきである。これを被控訴人らの本件年休請求の時期、手続についてみるに、被控訴人佐々木健二は一〇・八スト前日の一〇月七日一八時ごろ、同内田英昭は一〇月八日朝、同吉田勝、同稲葉安雄、同福元利明、同福島常一、同二渡栄樹は一〇月八日スト決行中の九時一〇分ころ、それぞれ年休の請求をしたものであって、控訴人県の時季変更権の行使を不可能ないしは著しく困難ならしめたものといわざるをえない。また、年休権行使を有効に主張するには、時季変更権の行使に対してはこれに従うことを前提とするのであって、被控訴人らのように当初から時季変更権に応じない態勢のもとで年休権を行使するのは、年休権行使の面からも権利の濫用である。

被控訴人ら地方公務員にあっては、地方公務員法三七条一項により争議行為のみならず具体的な業務阻害を伴わない怠業的行為をなすことも禁止されているのであるから、組合の指令に従い怠業的行為を行なうことを目的として年休権を行使することは権利の濫用として許されない。一〇・八闘争における被控訴人らの年休権行使は、前記のとおり県職労としての統一的意思の下に、そのスト指令に従って被控訴人ら所属の各事業場で職場放棄という部分ストないし指名ストを行なった結果、業務の正常な運営を阻害したものであるが、仮にそうでないとしても、地方公共団体の機関の活動能率を低下させる怠業的行為に該当し、被控訴人らの年休権の行使は、地方公務員たる地位に基づき認められている年休権を地方公務員たる地位にある限り認められない怠業的行為に利用するものであって、法がそのような背馳を認めているとはとうてい解されず、権利の濫用というほかない。

二、被控訴人ら

1 県職労は、本件一〇・八闘争につき、当初は全職場一斉に始業時から一時間の職場放棄を予定していたが、闘争日の前日に本庁拠点方式へ戦術を変更した。この本庁拠点とは、控訴人主張のごとく本庁拠点という名の下に全庁一斉職場放棄闘争を行ない、出先機関所属の組合員をも本庁に集合させる態様のものとは全く異なり、本庁支部所属組合員のみが始業時から一時間職場放棄の争議を実施するという形態の闘争であった。もっとも、現実には本庁支部以外にも、佐土原農業試験場分会では一〇分程度の勤務時間内くい込み職場集会(始業時から一〇分の職場放棄とは異なる。)がもたれ、本庁近くの分会できわめて一部の組合員が職場を放棄した事実はある。しかし、これは闘争直前になっての戦術変更の不徹底と一〇・八闘争参加への組合員の積極的な意欲に起因するものである。このような本庁以外の一部事業場(被控訴人ら所属の事業場は含まれていない。)所属の組合員が年休をとらずに本庁集会に参加したり、短時間の独自の集会をもったからといって、そのことにより直ちに本件一〇・八闘争が本庁拠点闘争であることを否定することにはならない。のみならず、被控訴人らの所属する出先機関では、争議が行なわれることなく、平常の勤務態勢がとられていたのであり、かつ、被控訴人らは、その所属事業場の争議に参加するためではなく、右のような実態をもつ本庁拠点闘争につき、拠点となった本庁支部の争議を支援するために年休を請求したものである。

控訴人は、県職労の本件一〇・八闘争においては、被控訴人ら所属の各出先機関で部分ストないし指名ストが行なわれたと主張するが、県職労は勿論のこと被控訴人ら自身も本件年休をとるに際しては被控訴人ら所属の各出先機関の業務を阻害する意思は毛頭なく、被控訴人らは、拠点となった本庁の闘争を支援する要員となっただけである。また、被控訴人ら所属の各出先機関では争議行為は行なわれておらず、そのゆえに担当業務、対象者、時間帯も様々のまま年休をとったものであるから、被控訴人らの年休をもって部分ストないし指名ストと評されるいわれはない。

2 控訴人が主張する県の本庁と出先機関との有機的一体論は、本庁と全出先機関をすべて一つの事業場であると評価するなど実態を無視した前提をとらぬ限り妥当する余地がない。また、控訴人は、本庁と出先機関とが有機的一体として機能していることと集団的労働関係の場における年休論を結合させ、出先機関所属職員が本庁での争議支援のため年休をとることは認められない旨主張する。しかし、これは最高裁三・二判決ですでに排斥された考え方であり、多々見受けられる一部事業場ごとの争議の存在を無視し、かつ、事業場単位で運営されている現行年休制度を根底から否定するものである。

3 さらに、控訴人が主張する年休権の権利濫用論については、すでに最高裁三・二判決で「年次休暇の利用目的は労基法の関知しないところであり、休暇をどのように利用するかは使用者の干渉を許さない労働者の自由」であり、「他の事業場における争議行為等に休暇中の労働者が参加したか否かは、なんら当該年次休暇の成否に影響するところはない」との判断が下され、同判決の右判示部分は判例として機能し、労働行政実務においても尊重されている。また、被控訴人らが年休をとることによって、その所属事業場の事業の正常な運営を妨げる事情もなく、使用者側に時季変更権がなかったのであるから、その権利行使妨害ということはありえず、年休権の濫用にならないことはきわめて明白である。さらに被控訴人らは、もともと所属事業場の業務を阻害する意図は全くなく、当日の担当業務の都合をも配慮して本件年休を請求したものであって、当初から時季変更権の行使に応じない態勢のもとで年休権を行使したという批難は当らない。

(証拠関係)《省略》

理由

一、当裁判所も、原審と同様に、被控訴人らの本訴各請求はいずれも理由がありこれを認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおり附加、訂正等するほかは、原判決の理由の記載と同じであるから、ここにこれを引用する。

1  原判決一六枚目裏七行目及び一一行目の「右条例六条」をそれぞれ「右条例七条」に、同一七枚目裏三行目ないし四行目、同八行目、同一八枚目表一〇行目、同裏六行目の「業務」をいずれも「事業」に、同一九枚目裏二行目の「皆無」を「ほとんど皆無」に、同七行目の「業務」を「事業の正常な運営につき」に、同八行目の「時季変更権行使の有無」を「時季変更権を行使するかどうかを」に、同一一行目の「業務阻害を生じる事情の」を「事業の正常な運営が阻害される事実が客観的に」に、同二〇枚目表三行目及び六行目の「業務」を「事業」にそれぞれ改める。

2  控訴人は、本件一〇・八闘争が単なる本庁拠点闘争ではなく全庁一斉の職場放棄闘争であって、年休権行使に名を藉り実質は被控訴人らの各所属事業場において指名ストないし部分ストを行なったものであると主張するので判断するに、《証拠省略》によれば、本件一〇・八闘争が自治労の第九次賃金闘争の第四波統一行動の一環としてなされたものであり、その直前まで各出先機関において始業時から一時間の一斉職場放棄闘争を決行するようオルグ活動がなされていたこと、被控訴人らによる本件年休の時季指定は、被控訴人らが所属する県職労の指令に基づいてなされたこと、一〇・八闘争の当日、県職労の組合員で本庁前庭の集会に参加した者一〇一名のうち、拠点とされた県庁本庁に勤務する組合員は僅か一四名に過ぎず、その余は衛生研究所、工業試験場、まゆ検定所などすべて各出先機関の職員であること、本庁以外でも佐土原農業試験場においては(被控訴人らが所属する出先機関ではない。)、勤務時間に一〇分程度くい込む職場集会がもたれたことなど控訴人の主張に添う事実を認めることができる。しかしながら、他方、前掲各証拠によると、控訴人県当局の組合員に対する事前の警告、説得もあって一〇・八闘争に参加する者が少なく、統一的に各出先機関で職場放棄を行なうことの困難なることが予測されたため、県職労は、一〇・八闘争の直前に至って当初の戦術を転換し、県庁の本庁支部を拠点として同支部においてのみ午前八時三〇分から同九時三〇分までの間、県庁前庭で集会を開くなどして一斉職場放棄闘争を実行し、その他の支部についてはこれを中止して勤務終了後の時間外行動を実施するにとどめることとしたこと、その際、被控訴人ら所属の各支部に対しては、年休をとったうえピケ要員として本庁支部における闘争を支援するよう動員要請をしたこと、右指令は、各支部ごとに若干名(五名程度)の動員を要請するのみで、特定の職種や個人を指定したものでもなければ、支部ないし各出先機関所属の組合員数に応じた一定割合の者の動員を指示したわけでもないこと、さらに、右指令に従って現実に年休の時季指定をなした被控訴人らの担当業務は、道路工夫・自動車運転手等さまざまであるうえ、被控訴人らの指定した年休の終期は各人につき必ずしも一致していないこと、被控訴人らの所属する各出先機関には少ないところで十数名(北諸県福祉事務所、工業試験場都城分場、延岡農業改良普及所、高鍋耕作出張所、油津港湾事務所など)、多いところでは六、七〇名から一〇〇名を越える職員が配置されているが(西臼杵支庁、東臼杵農林事務所、日南土木事務所、宮崎土木事務所など)、被控訴人らはその中の一ないし二名(ただし、宮崎土木事務所のみ五名)という少数の者であって、右各出先機関における職員数からすれば被控訴人らの占める割合はきわめて僅かであること、前記要請に応じた被控訴人らは、いずれも県庁本庁へ赴きピケ要員として本庁支部の争議行為を支援し、本庁前庭の集会に参加しており、被控訴人ら所属の各出先機関では争議行為が行なわれることなく平常どおりの勤務態勢がとられていたこと、以上の事実が認められ右認定を左右するに足る証拠はない。右の事実を総合すると、被控訴人らによる本件年休の時季指定が県職労の指令に基づいてなされたにしても、右指令には控訴人主張の指名ストないし部分ストが通常帯有するところのことさら使用者に与える損害を大ならしめるため組合が随時随所で臨機応変にストを実施するといった性格はみあたらないし、また、被控訴人らの時季指定が被控訴人ら所属の各出先機関における業務の正常な運営を阻害する目的でなされたものとは認め難く、ほかに被控訴人らの本件年休の時季指定をもって各所属出先機関における指名ストないし部分ストであることを認めるに足りる証拠はない。

もっとも、前掲各証拠によると、被控訴人らの中には、本件の時季指定をなすに際し、各所属の出先機関の長による時季変更権の行使ないしは時季変更についての交渉を意に介することなく出勤しなかった者が存するけれども、被控訴人らの時季指定に対し各出先機関の長がなした時季変更権の行使ないしは事後における取消は、被控訴人らの本件年休の時季指定が争議行為にほかならぬものと理解する控訴人県当局の指示により、当該出先機関における事業の正常な運営が妨げられる事由が客観的に存在するかどうかにかかわりなく、これがなされたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。そして、被控訴人ら所属の各出先機関において、被控訴人らが年休をとることにより当該出先機関の事業の正常な運営が阻害される事実が客観的に存在したことは、控訴人の何ら主張、立証しないところであるから、右のような事情の下においては、被控訴人らの中に各出先機関の長の時季変更権の行使を無視するが如き態度をとった者があるからといって、被控訴人らの時季指定をもって直ちに争議行為と断ずることはできず、また年休権の濫用ということもできない。

3  ところで、年休の利用目的は労基法の関知しないところであって、休暇をどのように利用するかは、使用者の干渉を許さない労働者の自由であり、また、労働者がその有する年休の日数の範囲内で、始期と終期を特定して休暇の時季指定をしたときは、客観的に労基法三九条三項但書所定の事由が存在し、かつ、これを理由として使用者が時季変更権の行使をしないかぎり、右の指定によって年休が成立し、当該労働日における就労義務が消滅するものと解すべきであるが、ただ、休暇をとること自体が争議行為となるような場合には、それは年休の枠外の問題であるから、個々の労働者の休暇請求は本来の年休権の行使とはいえず、これに対し使用者が労基法三九条三項但書により時季変更権を行使するかどうかの問題さえ生じないものというべきである。しかし、被控訴人らの本件年休の時季指定自体が争議行為と認められないことは前記2で認定のとおりであるから、年休の利用目的につき法が何ら関知しない趣旨からすれば、被控訴人らが自己の所属する事業場以外の本庁での争議行為を支援するため年休をとったからといって、当該年休の成否には何らの影響がないものといわねばならない(もっとも、他の事業場における争議行為に参加することにより地方公務員として懲戒など別個の法律上の責任が生じることはありうるし、《証拠省略》によると被控訴人らも本件一〇・八闘争に参加したことを理由にそれぞれ懲戒処分を受けていることが認められる。)。そして、労基法は、それぞれの事業場を一単位として適用されるのであるから、同法三九条三項但書における事業の正常な運営を妨げるかどうかの判断も、当該労働者の所属する事業場を基準としてこれをなすべきであると解されるところ、《証拠省略》によれば、控訴人県の各出先機関の長は、その所属職員の年休承認につき専決権を有するものと認められるうえ、各出先機関の長が時季変更権を行使するかどうかの判断をなす場合に、その基準となるべき事業の正常な運営を阻害するかどうかにつき、当該出先機関のほかに本庁や他の出先機関をも含めてこれを考慮していたような事実は本件全証拠によるもこれを認めることができないから、本件についてのみ年休の成否は被控訴人ら所属の事業場のみを基準としてこれを論ずべきではないとする控訴人の主張はとうてい採用することができない。

4  控訴人は、被控訴人らが年休をとって他の事業場の争議行為を支援する場合であっても、当該事業場の労働者が被控訴人らと同一の使用者に対し同一の要求を掲げて争議行為を行なっているようなときには、被控訴人らは自らの要求を実現するために年休を利用するものにほかならないから、年休権の濫用である旨主張する。しかし、前示のとおり年休をとること自体が争議行為とならぬ限り、年休を何に利用するかその目的は労基法の関知しないところであるから、他の事業場の労働者が被控訴人らと同一の使用者に対し同一の要求を掲げて争議行為を行ない、被控訴人らがこれを支援する目的で年休をとったことのゆえに、自らが争議行為を行なったと同様の評価を受け、権利の濫用として年休権の性格を失い、その効果を否定されるべきものとはとうてい考えられない。

また、控訴人は、時季変更権を行使するかどうかを考慮する時間的余裕を与えないような時季指定は、信義則に反し権利の濫用として許されない旨主張する。《証拠省略》によると、被控訴人吉田勝、同稲葉安雄、同福元利明、同福島常一、同二渡栄樹は、本件一〇・八闘争の当日である一〇月八日午前九時一〇分ころ、森田八郎を介して時季指定をしたことが認められ、右認定の事実からすると、前記被控訴人らは、その所属する各出先機関の長が時季変更権を事実上行使し難いような時間的余裕のない時季指定をなしたものというべきであるが、しかし、《証拠省略》によれば、控訴人県の各出先機関においては、従前、時季変更権が行使された事例はほとんどなく、また職員のいわゆる年休請求の手続は事前ばかりでなく事後的(休暇当日に申請した形式をとる事後申請を含む。)にこれをなすことも事実上容認されてきたのであり、被控訴人らの本件時季指定も手続・方法の点で各出先機関の従前のそれと格別異なるところはない。のみならず、各出先機関の長は、控訴人県当局の指示により本件一〇・八闘争参加のため年休をとると認められた職員については、当該職員が所属する出先機関の事業の正常な運営を阻害する事情が客観的に存在するかどうかを検討することなく、すべてこれを承認しない(時季変更権を行使すること)方針の下に被控訴人らに対処したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。しかして、時季指定に時間的余裕を要求するのは、時季変更権を行使するか否かを判断する時間を使用者に確保するためであるから、控訴人県の各出先機関において時季変更権を行使しうる事情が客観的に存在していたことについて、控訴人において何ら主張、立証をしない本件においては、被控訴人ら所属の各出先機関の長に時季変更権を行使しうるだけの十分な時間的余裕を与えなければならないとする控訴人の主張は理由がない。

控訴人は、被控訴人らの本件時季指定は法で禁止された怠業的行為にあたるから権利の濫用であると主張する。しかし、労働者が年休をとることによって当該事業場の事業の運営に或る程度の影響を及ぼすことは制度の趣旨から法が当然に予定しているところであり、被控訴人らが本件年休をとることによって、各所属出先機関における労働能率の低下をことさらに意図した事実は本件全証拠によるもこれを認めることができないから、この点に関する控訴人の右主張は採用することができない。

5  以上のほか、控訴人が主張する諸事由は、被控訴人らの本件年休の時季指定が有効に成立することを妨げる事由になるものとは解し難い。

そうすると、被控訴人らの本件年休をとること自体をもって争議行為とはいえず、被控訴人らの時季指定によって年休が成立し、当該労働日ないし時間における就労義務が消滅したものというべきであり、被控訴人らの勤務しなかったことが年休に基づくものであるならば、控訴人の被控訴人らに支払うべき給与及び勤勉手当の額は、原判決別紙債権目録記載の金員及びこれに対する昭和四四年三月一六日から完済まで年五分の割合による金員であることは当事者間に争いがないから、被控訴人らの本訴請求はすべて理由があり、これを認容した原判決は相当である。

よって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 徳松巖 裁判官 西川賢二 裁判官川端敬治は転任のため署名捺印できない。裁判長裁判官 徳松巖)

〈以下省略〉

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